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「環境」から考える~ナイチンゲールが看護に残した視点

[施設長のまなざし(コラム)]
夕方になると、廊下を落ち着かない様子で歩き続ける方がいらっしゃいます。

こういうとき、私はつい「どうされたんだろう」より先に、「止めないと」と考えてしまうことがあります。「徘徊」という言葉が頭に浮かんで、行動そのものをどうにかしようとしがちです。

でも、少し立ち止まってみると、思い当たることがいくつも出てきます。

暑いのかもしれない。寒いのかもしれない。まわりが騒がしいのかもしれない。照明がまぶしいのかもしれない。トイレに行きたいけれど、場所が分からないのかもしれない。今どこにいるのか分からなくて、心細いのかもしれない。

理由は、その方の中だけにあるとは限りません。まわりの「環境」の側にあることも、けっこう多いのではないかと感じています。
こんなことを考えていると、思い出す人がいます。フローレンス・ナイチンゲールです。

看護の世界では有名な方ですが、私はというと名前を知っているくらいでした。

あるとき『看護覚え書』を開いてみて、少し意外に思ったことがあります。

書かれている内容の多くが、病気の治し方ではありませんでした。
空気、温度、光、静けさ、清潔、食事、寝具。ほとんどが、療養する人のまわりの環境の話だったのです。

ナイチンゲールは、人にはもともと回復しようとする力があると考えていました。看護の仕事は、その力を外から補うことではなく、力がちゃんと働けるように場を整えること。そういう考え方だったようです。
ナイチンゲールの考え方を裏返せば、環境が整っていないと、その方が持っている力もうまく出てこないということになります。

160年以上前、病院の衛生状態が今とはまったく違った時代の考え方ですが、私たちの施設の日々にそのまま重なるところがあります。

たとえば、転倒の予防です。
転ばれた方に「お一人で歩かないでくださいね」とお伝えする。私もよく言ってしまいます。でも、それだけで転ばなくなるかというと、なかなかそうはいきません。

ベッドの高さは合っているだろうか。履物はどうだろう。夜の明るさは。床は滑りやすくないか。手すりや家具の位置、トイレまでの道のり、そして私たちの声のかけ方は・・・。

そう考えていくと、見直せることは、その方ご自身よりも、そのまわりにたくさんありそうです
ナイチンゲールが挙げたものの中で、もうひとつ気になっているのが「変化」です。

毎日同じ景色、同じ天井、同じ時間の繰り返し。それだけでは、やっぱり心がやせていくように思います。窓から見える季節、居室に飾った花、廊下での何気ない会話。そういう小さなことが、暮らしに張りを生むのではないでしょうか。

ここで大切なのは「観察」です。

何が心地よくて、何が負担なのかは、人によって違います。だからよく見るしかない。決まった答えがあるわけではなく、目の前のその方に合わせて、少しずつ調整していく。

人を変えようとする前に、まわりを整えてみる。

言うのは簡単で、実際にはなかなか難しいのですが、そういう見方は忘れないでいたいと思っています。「普通の暮らし」を支えるというのも、案外こうした地味なことの積み重ねなのかもしれません。
(執筆2026.8.24)
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